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福祉会だより(2005年12月)
1.発刊にあたって師走の月に入りました。自然災害が猛威をふるった2005年も年の瀬が迫ってきました。沖視協の事業も年間を通して滞りなく遂行されてまいりました。これも皆様のご理解とご協力のお陰だと感謝しております。忙しい年末ですが、お体に気を付けて家族全員で輝かしい新年を迎えられるようお祈り申し上げます。それでは今年最後の福祉会だよりをお届けいたします。
2.沖視協ニュース(1)沖縄県視覚障害者福祉センター改築計画の進捗状況11月15日に開催された平成18年度沖縄県福祉施設整備審議会で総合福祉センターの改築計画が審査を通過して、これから国交付金の内示を受け、県補助金、福祉医療機構からの福祉資金借入、雇用促進機構からの助成金の申請手続きの業務に取り掛かります。総計費2億2358万円で、財源内訳として都道府県交付金4980万円、市町村負担金593万円、雇用開発助成金5000万円、福祉資金借入金4894万、自己資金が6891万円となっています。福祉センターの改築が早期に実現できるよう、自己財源の確保に向けては皆様方の協力方をお願いいたします。 (2)第20回沖縄県視覚障害者卓球大会報告 標記大会が10月23日、サンアビリティーズ浦添で110名余の参加者で開催された。11チームが優勝を目指して熱戦を展開し、一部リーグは読谷村チームが接戦の末優勝しました。準優勝は那覇市Aチーム。二部リーグは南風原町チームが優勝、うるま市石川チームが準優勝 (3)第21回ナハマラソンマッサージ奉仕活動の報告 12月4日にあはき師会との共催事業として、今回で20回目となる標記奉仕 活動を実施しました。前日の大雨で会場は水浸しとなっていて、準備に手間がかかった今年の奉仕活動は54名の参加者でジョガーの疲労回復のマッサージを施して、多くの方から感謝とお礼の言葉をかけられました。 奉仕活動終了後は沖視協3階ホールで慰労会をもち、今後の取り組み等について話し合い、お互いの疲れを労いました。参加された皆様、大変お疲れさまでした。以下は参加者名簿です。
また来年の2月26日には沖縄マラソン大会が開催されますので、多くの方の参加をお願いいたします。
(4)第33回九州視覚障害者サウンドテーブルテニス大会参加報告 堀 川 恭 尚
(5)第3回日本視覚障害者ボウリング大会参加報告
個人戦予選・決勝(7ゲーム) B2クラス(視力0.04以下)女子
3.お知らせコーナー(1)ラジオ沖縄チャリティーミュージックソンへの協力方について年末の恒例となりました第20回目のチャリティーミュージックソンが今年もパレットくもじ広場をメイン拠点として展開されます。当協会もチャリティー募金箱設置、番組編成への協力等を依頼されています。また各地域、愛の泉での街頭募金活動など皆様方の協力をお願いいたします。なお、24、25日の行事は次のとおりです。ウォークラリーと忘年会とボウリング大会については12月16日(金)までに参加申し込みをお願いいたします。
ア.音響付信号機点灯式と渡り初め
イ.アイマスク体験ウォークラリー
ウ.ボーリング大会
エ.忘年会
オ.白泉会のアカチチデービルは25日午前6時より(今年は録音版) カ.ふれあい家族
キ.街頭募金活動
(3)RBCiラジオ盲導犬基金贈呈式
(4)年末年始のお知らせ
(5)訃 報
(6)事務局日誌
4.ありがとうございました。沖縄気鍼法会から2万円の寄付を戴きました。うち1万円は建設資金として積み立てさせて戴きます。5.読者のコーナー初めて乗った救急車 もうすぐ八重瀬町 川口康子ピーポーピーポー、音が今日も聞こえてきました。私の住んでいるアパートは 国道507号線にほど近く、連日昼夜を問わず救急車の走り過ぎてゆく音を耳にします。その救急車にまさか自分がお世話になるとは夢にも思いませんでした。 今日は愚かな私の体験を恥をしのんで書いてみたいと思います。そして皆様に「家でも外でも歩く時には十分に気をつけて下さいね」と声を大にして言いたいと思います。それは、ある土曜日の夕暮れでした、部活から帰ってきた子供たちはまだ昼寝の最中でした。その1週間、私はいつもより仕事が忙しくてとても疲れていました。そんな時に私は唇を傷つけてしまったのです。紙面の都合上、ここでは詳しくふれることは避けたい。いつものように大したことはないと思っていました。しかし、血が止まりません。何枚ものティッシュが使われたが、血は止まるどころか、蛇口をゆるく閉めた水道のように早い調子でポタポタ落ちてきた。時間の経過とともに私の不安は増していった。寝ていた娘を起こして、伯母に電話をかけてもらいました。私はタオルを口に当てて伯母が来るのを待ちました。その間に娘はトイレ、風呂場、台所と私が汚したところをきれいにしてくれました。血を見た伯母は驚き、すぐに救急車を呼びました。私は階段を降りて、アパートから離れた場所で待って乗り込みました。間もなくピーポーの音をたてながら車は走りだしました。こんなことで救急車のお世話になるなんて恥ずかしいと思いました。口一杯に溜まった血が唇から溢れて首筋を通って流れました。「これでまた貧血がひどくなるかも知れない」と私は独り心配した。「神様、お守り下さい!」と心の中で祈りました。初めて乗った救急車の車内で横になりながら、ふと思い出したことがあります。長崎の本島市長が右翼に銃撃されて、救急車で搬送された時、「救急車があんなに激しく揺れるものとは思わなかった」と言われ、その後救急車は改良されて揺れが少なくなったと聞いています。私を乗せた救急車は激しく揺れることもなく、渋滞にぶつかることもなく病院へ着きました。救急車に乗った時間はわずかでしたが、隊員の仕事ぶりにも直接触れて、苦い経験ではありましたが、大切な何かを教えられて、決して忘れられない体験となりました。何よりも安全第一に健康で笑顔で生きていければと願っています。 6.編集後記早いもので2005年も師走を迎え何かと慌ただしい月ですが、過ぎし1年を 振り返り、よかったこと、悪かったこと、困ったこと等々いろいろあったと思います。終わりよければすべて良し、皆さん健康には十分に留意をされ今年も充実だった年と思えるよう、残されたひと月をお仕事、趣味、余暇活動と充実した日々を過ごして下さい。輝かしい新年を健康で明るく迎えることができますようお祈りいたします。 ☆ 「福祉会だより」は沖縄県共同募金会の配分金で点字版・墨字版を作成し、県内及び県外在住の県出身視覚障害者の方々や関係者に郵送しています。 |
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